韓国語脳で考えるということ

韓国語を話すとき、書くときに意識していることがある。それは、

韓国語脳で考えること

話すときも書くときも、「日本語→韓国語」という風に考えて話したり書いたりすると、どうしても直訳になってしまって不自然な韓国語になってしまう。

世間一般的には上級者と呼ばれるところまで韓国語力は伸ばせたけれど、それでもまだ完全には韓国語脳にはなれきれていない。

それでも昔に比べると、ずいぶん韓国語脳にはなってきたなとも感じる。

自然な韓国語を話したり書いたりするには、日本語は頭から排除して完全に韓国語だけで考えないといけない気がする。

自然な韓国語が使えるようになったなと思うとき

韓国語で会話したり文章を書いているとき、「自然な韓国語が使えるようになったな」と思うときがある。

どんなときかというと、韓国語の言い回しがスルッと出てきたときだ。

例えば「思う(考える)」という韓国語に생각하다があるけれど、初心者の頃は「~と思った」と言いたいときに、「~다고(라고)생각했다」を使いがちだった。

でも韓国語には「생각이 들다」という日本語にはない言い回しがあったり、予測としての「思う」には「~것 같다」という言い回しもある。

これ以外にも、「~싶었다」「~줄 알았다」などの言い回しもある。

こんな風に韓国語の独特の言い回しを自然に使えるようになると、「私の韓国語もだいぶ自然になってきたな」と感じる。

スラスラ話せるときと、話せないとき

韓国人の友達と話しているとき、スラスラ言葉が出てくるときもあり、たどたどしくなってしまうこともある。

スラスラ話せるときは、完全に韓国語脳で話しているときだ。

そしてたどたどしくなってしまうときは、「日本語→韓国語」という形で話をしているときだ。

私は会話しているときにはなるべく韓国語で考えるように意識はしているのだけれど、やっぱりまだまだ流暢には話せないので、どうしても日本語を韓国語に変換しながら話してしまうときがある。

そんなときは決まって韓国語がたどたどしくなる。たぶん、かなり不自然な韓国語になっていると思う。

やっぱり日本語が介入してしまうと、自然な韓国語は使えなくなってしまう。

韓国語上級者なのに未だに上手く使えない言い回し

恥ずかしながら、私には未だに上手く使えていない言い回しがある。それは、「~줄 알다」という言い回しだ。

なぜこの言い回しが上手く使えないのかというと、これまで会話の中でこの表現を意識的に使ってこなかったからだ。

私は新しい単語や言い回しを覚えると、すぐに会話で使うようにしている。新しく学んだことは何度も使うことによって頭に定着するからだ。

でも、「~줄 알다」と言いたいときには常に「~다고 생각하다」が頭に思い浮かんでしまい、クセのようになってしまっていた。

「~다고 생각하다」という言い回しを使うたびに、(なんか違う)と違和感を覚えながらも「~줄 알다」を使い慣れていないために自然なこの表現がまったく出てこず、今まで来てしまった。

自然な言い回しや表現ってやっぱり、意識的に使っていかないとダメだな……

頭の中で考えることをすべて韓国語に

韓国語脳になるために、考えごともすべて韓国語でしてはどうだろうと思った。

「오늘 저녁은 뭐 먹을까?」

「많이 추워졌네」

「한국어 공부를 해야겠는데 드라마도 보고 싶네. 어떡해…」

こんな風に、頭の中で考えることをすべて韓国語にすれば、日常的に韓国語を使うことになるので韓国語脳になるのではないか?と思った。

とはいえ、考えごとを韓国語でするとなると意識的にそうしなければならないので、いつも気がつけば日本語に戻ってしまっている。

考えごとが自然に韓国語で出来るようになる日は来るのだろうか……(たぶん来ないだろう汗)

韓国語の夢を見るということは……

私はわりと夢を見るほう……というか、見た夢を覚えているほうなんだけれど、最近は週に2、3回は韓国語の夢を見る。

韓国語の夢を見るということは、それだけ韓国語脳になってきているということなのだろうか?(そうだとしたら嬉しい)

韓国に住んで韓国で働いて、韓国で生活していたら毎日のように韓国語の夢が見れるようになるかもしれない。

いきなり移住というのはハードルが高すぎるので、とりあえず近々、韓国で1ヶ月くらい生活してみたいなぁ。