【韓日翻訳勉強記録③】プロの翻訳を参考にはしても、プロの翻訳と自分を比べてはいけない

ものすごく遅いスピードではあるのですが、毎日コツコツと翻訳コンクールの翻訳を進めています。

翻訳コンクールの翻訳作業も、原書と日本語版を見比べながら翻訳の勉強をするのも、どちらもすっごく楽しいです!

毎日毎日気づきがあり、少しずつ成長しているような気もするので、今日もまた気づいたことをまとめておこうと思います。

少しずつ翻訳の仕方が分かってきた

翻訳コンクールの課題作を初めて翻訳したときは、翻訳の仕方が全然分からなくて、それでもただがむしゃらに翻訳をしていたのですが、最近は少しずつ翻訳の仕方が分かってきたような気がします。

最初の頃に比べるとだいぶ自然な文章で翻訳できるようになったし、なんていうか、最初よりも柔軟に翻訳出来るようになりました。

それこそ初めは原文を忠実に翻訳しすぎて直訳のような不自然な文章になっていたのですが、今では不必要なものを省いたり必要なものを付け加えたりと、ただ原文を翻訳するだけでなく自分で自然な文章を組み立てられるようになりました。

もちろん、私の今の翻訳はプロの足元にも及ばないと思いますが、毎日少しずつ少しずつ改善してクオリティを上げていきたいです。

翻訳作業は執筆作業でもある

翻訳って原文を日本語に変換する作業だと思っていたのですが、プロの翻訳を見ていると、原文を読んで内容を理解し、その内容を日本語で執筆しているかのように思えました。

だから書籍の翻訳ってただの翻訳作業ではなくて、執筆作業と言っても過言ではないんじゃないかって思いました。

韓国と日本では文化も違うわけで、韓国人作家が書いた書籍を日本語に翻訳するということは、日本人が読みやすいように、日本人向けの文章で書くということなんだなと。

翻訳って正解がないから、訳者によって文章の雰囲気とか表現の仕方も全然変わってくると思うんです。

でもその違いがまた面白くもあり、それが強みにもなるわけで。

私もいつか、私だけの強みを持った翻訳家になれるといいな。

翻訳作品に愛情を持つということ

誰だって自分が生み出した作品には愛情がありますよね。

翻訳家は他人の作品を日本語に訳す仕事だけど、やっぱりそれでも作品に愛情を持って翻訳することが大事な気がします。

自分が執筆したわけではないけれど、自分の作品のように愛情を持つ。

そうしたら自然といい翻訳ができるんじゃないかなって思うんです。

翻訳している作品は自分のものではないけれど、翻訳した文章は自分が生み出したものじゃないですか。

実際に納期に追われて翻訳の仕事をしているわけではないからこんなことが言えるのかもしれないけど、流れ作業のように翻訳するのは嫌だな。

プロの翻訳を参考にはしても、プロの翻訳と自分を比べてはいけない

プロの翻訳は本当に学びがたくさんあります。

プロの翻訳を見て学んだことや気づいたことは、翻訳コンクールの翻訳作業で参考にしています。

でも翻訳をしていると、どうしてもプロと自分の翻訳があまりにも違いすぎて、自分の実力のなさを実感してしまう…

でも、プロの翻訳と素人の私の翻訳が違いすぎるなんて、当たり前の話なんですよね。

プロの翻訳は参考にしても、自分と比べてはいけない。

私の昔からの悪い癖。遥か上の人と自分を比べて、自分の出来の悪さに嫌気が差してしまう。

他人と比べるな、とは言っても、人間って人と比較してしまう生き物だから、私は自分に嫌気が差したらその分もっと勉強して自分の実力を上げることに力を注ぐ。

ネガティブな感情は全部努力で消化する!

そうやって日々コツコツと実力を上げていきたいと思います!!