壁にぶつかる=レベルアップの儀式です

韓国語の勉強をしていると、何度も壁にぶつかる。

壁にぶつかるたびに、「これ以上は無理かも」なんて限界を感じてしまう。

そうなると自分がいまやっている勉強法も正しいのか不安になって、途端に焦り出す。

でも、これまで何度も壁にぶつかってきたからこそわかる。

壁にぶつかるというのはレベルアップの儀式であって、もうちょっと頑張ったらレベルアップするよ!という知らせなのだと。

壁にぶつかるのは、次のステージへ進む前兆

ゲームでもステージごとにボスがいる。

そしてその「ボス」を倒すとレベルアップし、次のステージへと進める。

韓国語学習もこれと同じで、次のステップへ進む前には「ボス」という名の壁が出現する。

簡単に倒せる敵ばかりやっつけていても経験値がなかなか上がらないのと同じで、勉強も簡単なことばかりやっていてはなかなか実力が上がらない。

だから「ボス」との対決は、大きくレベルアップするには避けて通れない道なのだ。

そして壁にぶつかったということは、自分がそれだけレベルアップしたという証でもある。

成長しているからこそ壁にぶつかり、壁を突破することでまた大きく成長できる。

だから勉強していて壁にぶつかったら、それは次のステージへ進む前兆だと思えばいい。

自分の成長は感じにくいだけでちゃんと成長している

韓国語の勉強をしていてもどかしいのは、自分の成長があまり感じられないということだ。

特になぜか、一生懸命努力しているときに限って、成長を全然感じられなかったりする。

でも成長って勉強しているときにではなく、ふとした瞬間に感じたりする。

「あれ?そういえば私、前より聞き取れるようになっているかも」

こんな風に。

私たちはできなかったことができるようになった瞬間に「できた!」と実感できるわけではない。

少しずつ体に沁み込んでいくように韓国語も身についていくので、できるようになった自分って実は実感しにくい。

私も韓国人の友人と話しているとき、「そういえばシズ、普通のスピードで話しても聞き取れるようになったね」と言われて初めて、自分が聞き取れているということを知った。

最初は恐ろしくゆっくり話してもらわないと聞き取れなかった韓国語が、いつの間にか普通に聞き取れるようになっていた。

こんな風に、自分では成長を感じにくいだけで、実はちゃんと成長している。

むしろ、壁がないほうが危ない!?

壁にぶつかるということは、それだけ努力しているという証だ。

だからむしろ、壁にぶつからないほうが危険だ。

人間、挑戦している限り必ず壁にぶつかる。

壁にぶつからないということは、成長が止まっているということだ。

壁にぶつかってもがくというのは、努力が足りないということでも、向いていないということでもなくて、ちゃんと前に進んでいるということ。

壁にぶつかる=レベルアップの儀式です

韓国語の勉強をしていて壁にぶつかったら、私はこう思うようにしている。

「お、もうすぐレベルアップできるんだな」

壁=ピンチではなく、チャンスと捉える。

だから動じることなく、淡々と勉強を続ける。

そうしていれば、壁は乗り越えられると知っているから。

今までもそうやっていくつもの壁を乗り越えてきた。

だから私は大丈夫。

壁にぶつかればぶつかるほど、韓国語は上達するから。