継続できるのは才能があるからではなく工夫をしているから

韓国語を独学で3年勉強していると言うと、「すごいですね」と言ってもらえたりする。

そして、「継続できるということもひとつの才能ですよ」なんて言う人もいる。

でも、韓国語が独学で上達したのも、ここまで継続できたのも、決して私に才能があったからではない。

むしろ私は飽き性で今までいろんなことをすぐにやめてきたし、辛いことからも逃げてきたし、そうやってのらりくらりと生きてきた典型的な怠惰タイプだ。

自分でもそのことはわかっていたから、韓国語の勉強を続けるために私はいろんな工夫をしてきた。

「朝の7時から1時間は韓国語の勉強をする」とか、

「韓国語の勉強をするために6時間以上働かない」とか、

「仕事は17時までしかしない」とか、

ちょっと極端なものもあるけれど、そうやって私は韓国語の勉強ができる環境を自分で作ってきた。

何かに集中するのに、何かを継続するのに環境を整えるということはすごく大事だと思う。

継続できるというのは才能でもないし、忍耐力でもない。

環境を整えて勉強を習慣化することだ。

だから工夫次第で誰でも継続することはできる。

フルタイムで働きながら、育児もこなしながらTOPIKで6級に合格している人もいれば、忙しくて勉強する暇がないと言って、実力をなかなか伸ばせない人もいる。

両者の違いは、やる気の有無もあるとは思うのだけれど、いかに工夫しているかしていないかの違いが大きいと思う。

私のように、放っておいたらすぐにサボってしまうような性格の人間は、自分がサボらない工夫をしなければ継続なんてできない。

もちろん、韓国語の勉強が楽しいからというのも、継続できた一番の理由だ。

でもそれだって、韓国語の勉強を楽しくやる工夫をしてきたから、楽しく勉強できたのだと思う。

「どのように勉強すれば楽しく勉強できるか?」「どんなことが苦痛と感じるのか?」

そういうことを考えて、苦痛に感じることは避けて楽しく感じることを選んでいく。

そして思いついたことを実際にやってみて、違うなと思ったらまた別のことをやってみる。

そうやって自分で試行錯誤しながら、自分に合った勉強を模索しながら、紆余曲折を経て自分のやり方を確立していく。

その過程までも楽しむことが、韓国語の勉強を続けていく秘訣だ。

人それぞれ性格もライフスタイルも異なるから、韓国語の成長速度が異なるのは当たり前であって、しょうがない。

でもこのとき、「忙しいからしょうがない」「やる気がないからしょうがない」とあきらめてしまうのではなく、「忙しい中でどう時間を捻出するか?」「やる気がないときはどうするか?」と考えて工夫する。

私は最近、母に認知症の前触れのような症状が出始めたので、週の半分くらいは母のケアに時間を使うことにした。

そうすると今までよりも韓国語の勉強ができる時間が減ってしまうけど、そんな中でも私はまた工夫しながら韓国語の実力を伸ばしていこうと思う。

「母のせいで自分の時間が少なくなった」そんな風には考えたくない。

むしろ母のおかげで「認知症」というものについて勉強する機会を得られたし、それはきっと自分の将来にも役立つはずだ。

だから私はこれからもいろんな工夫をしながら、韓国語の勉強を長く続けていきたいなと思っている。